健康診断の「事後措置」していますか?——見過ごされがちな法的リスクと現実的な対応手順

2026.05.24
コラム

健康診断は「受けさせて終わり」ではありません

健康診断を行っていない企業は少ないと思います。労働安全衛生法第66条により、事業者は常時使用する労働者に対して、1年に1回の定期健康診断を実施する義務があります。この義務自体は、企業規模に関係なく、従業員が1人でも発生します。

ただ、実施した後の対応まで適切にできている企業は、どれくらいあるでしょうか。

健康診断で「要治療」「要精密検査」といった異常所見のある社員が出た場合、会社には法律上の義務が発生します。結果を本人に通知するだけでなく、医師の意見を聴き、必要があれば就業上の措置を講じなければなりません。これが事後措置です。

この事後措置を適切に行わないまま、異常所見のある社員が体調を悪化させた場合、会社は安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。特に、脳・心臓疾患では、健康診断後の対応に注意が必要です。

本記事では、健康診断の事後措置について、法的な根拠と実務上の対応手順を整理します。

法律が求めている事後措置の全体像

事後措置の法的根拠は、主に労働安全衛生法第66条の4(医師等からの意見聴取)、5(就業上の措置)を中心に、関連する規則で定められています。実務の流れに沿って、ステップごとに整理します。

ステップ1:結果の通知と対象者の整理(法第66条の6)

健康診断の結果は、遅滞なく本人に通知しなければなりません。ただ、その後のアクションは本人に任されているため、結果をほとんど見ていない、要検査所見があっても受診をしない、ということは多くあります。

通知は封筒を渡すだけでなく、本人が結果の意味を理解できる形で行うのが望ましいとされています。実務上は、例えば、所見の意味や受診勧奨の必要性が伝わる形で通知できると、医療機関の受診や事後措置につながりやすくなります。

また、通知と並行して、異常所見のある社員の一覧化を行っておくと、その後の意見聴取・措置の検討がスムーズになります。所見の内容と重症度をまとめておけば、後の医師への情報提供にもそのまま使えます。

ステップ2:医師の意見聴取(法第66条の4、規則第51条の2)

健康診断の結果、異常の所見があると診断された労働者について、事業者は健康診断が行われた日から3ヶ月以内に医師の意見を聴かなければなりません。ここでいう医師の意見とは、その労働者の就業に関して必要な措置についての意見です。

具体的には、以下の3区分のいずれに当てはまるかを医師が意見として述べます。

区分内容
通常勤務通常の勤務でよい
就業制限勤務に制限を加える必要がある(残業禁止、深夜業の禁止、出張制限など)
要休業勤務を休む必要がある

50人以上の事業場であれば、産業医に意見を聴きます。では、産業医のいない50人未満の事業場ではどうするか。この点については後ほど詳しく述べます。

ステップ3:就業上の措置の実施(法第66条の5)

医師の意見を踏まえ、必要があると認められる場合、事業者は就業上の措置を講じなければなりません。具体的な例として、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少などが法律に示されています。

押さえておきたいのは、措置の内容は医師の意見を勘案して決定しなければならないとされている点です(法第66条の5第1項)。医師が「残業禁止」と意見したにもかかわらず、会社が十分な検討を行わず通常勤務を継続させた場合、安全配慮義務違反や法令上の問題が生じる可能性があります。

ステップ4:結果の記録・保存とフォローアップ(法第66条の3、規則第51条)

健康診断の結果は、個人票を作成して5年間保存する義務があります。これは50人未満の事業場でも同じです。医師の意見聴取の結果や、講じた措置の内容も併せて記録しておくのが望ましいとされています。

万が一、労基署の臨検や労災申請の場面で事後措置はどうなっていますか、と聞かれたとき、記録を提示できるかどうかは大きな違いになります。

また、措置を実施した後は、定期的なフォローアップも重要です。再検査の受診状況、措置の実施状況、本人の体調の変化を継続して確認し、次回の健康診断で改善が見られているかを追跡することで、対応の実効性が高まります。

ステップ5:定期健康診断結果報告書の提出(規則第52条)

常時50人以上の労働者を使用する事業場は、定期健康診断を行ったときに、遅滞なく定期健康診断結果報告書を所轄の労働基準監督署長に提出する義務があります。なお、2025年1月より、この報告書の提出は原則として電子申請が義務化されています(当面の間、困難な場合は紙での提出も可)。50人未満の事業場には提出義務はありません。


ここまでの流れを時系列で整理すると、次のようになります。

【健診結果受領後、速やかに】
   ↓ 結果を本人に通知する/異常所見のある社員をリストアップ
【健診実施から3ヶ月以内に】
   ↓ 医師の意見聴取を行う(産業医・地域産業保健センター・健診機関等を活用)
   ↓ 意見に基づき、就業上の措置を検討・実施
【措置実施後】
   ↓ 個人票に記録し5年間保存
   ↓ 受診状況・措置の実施・体調変化をフォローアップ
   ↓ 定期健康診断結果報告書を労基署へ提出(電子申請が原則)【50人以上の事業場の場合】

事後措置の現実——中小企業でよくある問題

ここまでが法律上の建て付けです。ただ、実際の中小企業の現場では、このプロセスが適切に回っていないケースが多くあります。以下がよくあるパターンです。

「再検査を受けてください」の通知で止まっている

最も多いパターンです。健診機関からの結果に「要再検査」「要精密検査」と記載があったので、本人にそのまま渡した。しかし、本人が再検査を受けたかどうかは把握していない。当然、医師の意見聴取も行っていない。

法律上、再検査(二次健康診断)の受診自体は労働者の義務ではありません(ただし、会社が受診を勧める努力義務はあります)。ただ、「要再検査」「要精密検査」とされた段階で、何らかの異常所見は指摘されていることになります。就業上の措置の必要性があり得るケースでは、再検査結果を待つだけでなく、早めに医師へ相談・意見聴取を行うことが望ましいでしょう。

医師の意見聴取を誰に頼めばいいかわからない

50人未満の事業場にとって、これが最大のハードルです。医師の意見を聴くように言われても、日頃から付き合いのある医師がいなければ、誰に頼めばいいのか分からないのは無理もありません。

ここで活用できるのが、地域産業保健センター(地さんぽ)です。50人未満の事業場を対象に、健康診断の結果に基づく医師の意見聴取を無料で提供しています。

また、健診を実施した医療機関に意見を求める方法もあります。健診機関によっては、事後措置の意見書作成に対応しているところもあるので、健診の契約時に確認しておくとスムーズです。

意見は聴いたが、措置を実施していない

医師に聞いたら残業は控えたほうがいいと言われたが、忙しいのでそのまま通常勤務を続けている、というパターンもあります。

小規模事業場では、一人ひとりの業務負荷が大きく、就業制限をかけると業務が回らなくなるという切実な事情があります。ただ、対応が遅れることは、法令違反や従業員の健康上のリスクにつながる可能性があります。

現実的な対応としては、医師の意見を踏まえつつ、どの範囲で就業制限が可能かを具体的に検討するのがよいでしょう。残業を全面禁止にはできないが月20時間以内に制限する、深夜業は避け日勤のみとする、など、段階的な措置を講じることで、法令遵守と業務継続のバランスを取ることはできます。

有所見率の実際——異常所見は珍しくない

ここで一つ、数字を押さえておきましょう。

厚生労働省が毎年公表している「定期健康診断結果調査」によると、定期健康診断における有所見率(何らかの異常所見があった労働者の割合)は、近年おおむね60%前後で推移しています(令和6年は59.4%)。つまり、健康診断を受けた労働者のおよそ6割に、何らかの異常所見が見つかっているということです。

主な有所見項目は、血中脂質、血圧、肝機能、血糖など、生活習慣病に関連するものが上位を占めています。

参照: 厚生労働省「定期健康診断結果報告」

この数字からは、異常所見のある社員が出ることは、例外的な事態ではなく、むしろごく普通のことだということが分かります。30人の事業場であれば、15〜18人くらいに何らかの所見が出てもおかしくありません。

だからこそ、事後措置はたまに発生する特別な対応、ではなく、毎年の健康診断とセットで必ず行う通常業務として組み込んでおく必要があります。

特に注意したい所見——脳・心臓疾患とメンタルヘルス

異常所見の中でも、特にリスクが高いのは以下の2つの領域です。

脳・心臓疾患のリスク因子

高血圧、脂質異常症、高血糖、肥満。これらが重なった状態で長時間労働が続くと、脳卒中や心筋梗塞のリスクが大きく上がります。いわゆる過労死の典型例です。

厚生労働省の「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」(過労死認定基準)では、発症前の長時間労働と基礎疾患の有無が重視されています。健康診断で高リスクの所見が出ていたにもかかわらず、十分な措置を講じずに長時間労働を続けさせていた場合、労災認定および民事上の損害賠償の両面で、会社の責任が問われる可能性が高くなります。

関連: 長時間労働者への面接指導については 長時間労働の面接指導——「月80時間」だけでは足りない、中小企業が押さえておきたい実務ポイント をご参照ください。

メンタルヘルス関連

定期健康診断の標準項目には、メンタルヘルスを直接評価する検査は含まれていません。ただ、問診票で不眠や食欲不振、疲労感などを訴えている場合や、前回と比べて体重が大幅に増減している場合などは、背景にメンタルヘルスの問題がある可能性も考えておきたいです。このような場合は、ストレスチェックの結果も合わせて、継続してフォローしていくことが望ましいでしょう。

関連: ストレスチェックの活用については ストレスチェックを形だけで終わらせないために をご参照ください。

まとめ:事後措置のチェックリスト

項目法的根拠対応期限注意点
結果の本人通知法第66条の6遅滞なく再検査の受診勧奨も行う
対象者のリストアップ通知と並行所見の内容と重症度を一覧に
医師の意見聴取法第66条の4、規則第51条の23ヶ月以内地さんぽ・健診機関の活用
就業上の措置法第66条の5意見聴取後速やかに医師の意見を勘案する義務
結果の記録・保存法第66条の3、規則第51条作成後5年間意見・措置の内容も記録
フォローアップ継続的に次回健診での改善確認
結果報告書の提出規則第52条健診後遅滞なく50人以上の事業場のみ義務

健康診断を実施するところまでは多くの企業が対応できています。ただ、その先の事後措置が抜けていれば、法律上の義務を果たしたことにはなりません。そして、事後措置の不備は、労基署の指導や是正勧告の対象になるだけでなく、万が一の際には安全配慮義務違反と判断されるリスクにもつながります。

事後措置は決して複雑な手続きではありません。異常所見のある社員をリストアップし、医師に意見を聴き、必要な措置を講じて記録を残す。このシンプルな流れを毎年の健康診断に組み込むことで、法的リスクは大きく下げられます。まだ対応していない事業場は、次回の健康診断のタイミングを待たず、直近の健診結果から取り組みを始めることをお勧めします。

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