長時間労働の面接指導——「月80時間」だけでは足りない、中小企業が押さえておきたい実務ポイント

2026.05.24
コラム

「うちは残業が多い会社だから」で済ませていませんか

「IT業界なので、繁忙期は残業が多くなるのは仕方がない」
「建設現場は工期があるから、長時間労働はある程度やむを得ない」

こうした認識は、中小企業の経営者にとって珍しいものではありません。業種によっては長時間労働が起きやすく、うちの業界ではこれが普通、という感覚が根づいていることもあります。

ただ、普通であることと、リスクがないことは、別の話です。

長時間労働は、脳・心臓疾患(いわゆる過労死)やメンタルヘルス不調の大きなリスク因子の一つで、こうした事態が起きた場合、会社は安全配慮義務違反として責任を問われる可能性があります。そのリスクを管理するために法律が設けている仕組みの一つが、医師による面接指導です。

本記事では、長時間労働者への面接指導制度の全体像を整理し、50人未満の事業場を含む中小企業が実務上何をすべきかをまとめます。まずは制度の法的な枠組みから見ていきます。

面接指導制度の法的な枠組み

基本の義務——「月80時間超・申出あり」で面接指導

長時間労働者への面接指導の根拠は、労働安全衛生法第66条の8です。

事業者は、時間外・休日労働が月80時間を超えた労働者が申し出た場合、医師による面接指導を行わなければなりません。この義務は、事業場の規模に関係なく、すべての事業者に適用されます。50人未満の事業場であっても例外はありません。

面接指導の結果、医師が就業上の措置が必要と判断した場合は、事業者はその意見を踏まえて対応する必要があります。具体的には、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少、作業の転換、療養のための休業などが挙げられます。

2019年の法改正——研究開発業務と高度プロフェッショナル制度

2019年4月施行の働き方改革関連法により、面接指導の枠組みが拡充されました。

研究開発業務に従事する労働者については、月100時間を超える時間外・休日労働を行った場合、本人の申出がなくても面接指導が義務となります(法第66条の8の2)。また、高度プロフェッショナル制度の対象者については、健康管理時間が月の基準を超えた場合に面接指導が義務づけられています(法第66条の8の4)。

中小企業ではこれらの制度の該当者は少ないかもしれませんが、申出がなくても義務になるケースがある、ということは知っておきたいところです。

「月80時間」の意味——過労死認定基準との関係

なぜ月80時間なのか。この数字は、厚生労働省の「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」(いわゆる過労死認定基準)からきています。

認定基準では、発症前1ヶ月間に100時間、または発症前2〜6ヶ月間にわたって月平均80時間を超える時間外労働がある場合、業務と発症の関連性が「強い」と評価されます。そのため、この月80時間を超える労働者に対して、面接を通じ、必要に応じた働き方の改善を行うことが期待されているわけです。

「月80時間」の医学的な意味——労働時間管理は睡眠時間管理である

さらに重要な点は、月80時間という数字が行政上の区切りだけではなく、医学的な意味を持っているということです。
時間外労働時間が健康にどのように影響するかを整理します。

①時間外労働が月80時間を超えると、睡眠時間が削られる。 月80時間の時間外労働は、月20日勤務で割ると1日あたり約4時間の残業に相当します。所定労働時間8時間に残業4時間で12時間労働、これに通勤・食事・入浴・家事などの時間を加えると、確保できる睡眠時間はおおむね5〜6時間以下になります。月100時間なら1日5時間の残業に相当し、睡眠時間は4〜5時間まで削られます。

②睡眠時間が6時間を下回る状態が続くと、血管系疾患のリスクが上がる。 1日の睡眠時間が6時間未満の状態が続くと、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの悪化を通じて、脳血管疾患・虚血性心疾患の発症リスクが上昇することが、複数の疫学研究で示されています。睡眠不足は交感神経の持続的な亢進や血圧の上昇、耐糖能の悪化を招き、血管病変を進める方向に働きます。

③結果として、長時間の時間外労働により脳心臓疾患の発症リスクが上がる。 ①と②をつなげると、時間外労働の増加 → 睡眠時間の減少 → 血管病変の悪化 → 脳心臓疾患の発症という流れになります。月80時間というラインは、おおむねこの流れが現れ始める目安として設定されています。

つまり月80時間という基準は、労働時間そのものが悪というより、睡眠時間が短縮することを通じ血管病変を悪化させ、脳心臓疾患を引き起こすというメカニズムに基づいています。労働時間管理は、睡眠時間管理でもある——この視点を持つことで、自社の労働実態の見え方が変わってきます。

「月80時間未満」でも気をつけたいケース

ここまでは月80時間という基準を中心に見てきましたが、月80時間に達していなければ安全、というわけではありません。

2021年9月14日、過労死認定基準が約20年ぶりに改正されました。この改正には、中小企業の労務管理に直接関わる大事な変更が含まれています。

ポイントは、月80時間に達していなくても、労働時間以外の負荷要因が認められる場合は、総合的に評価して業務との関連性を判断すると明記されたことです。

具体的には、月80時間に近い時間外労働としておおむね月65時間を超える時間外労働が想定されており、これに加えて他の負荷要因が認められる場合、労災認定される可能性が広がりました。

特に押さえておきたいのは、勤務間インターバルがおおむね11時間未満の勤務です。終業から次の始業まで11時間未満となる勤務が続いている場合、睡眠時間が十分に確保されず、長時間労働と同じようなリスクが出てきます。

そのほか、以下のような要因がある場合は、月80時間に達していなくても、面接指導の実施や就業上の配慮を検討したいところです。

不規則な勤務。 シフト勤務や深夜業が頻繁にある場合、労働時間の数字以上に身体への負荷が大きくなります。睡眠覚醒リズムの乱れは、心血管疾患のリスクを上げます。

休日のない連続勤務。 休養が確保されない期間が続くと、労働時間の絶対量に関わらずリスクが上がります。

精神的緊張を伴う業務。 顧客からのクレーム対応、人命に関わる業務、ノルマのプレッシャーなど。労働時間は短くても、精神的な負荷が高い業務に従事している労働者には注意が必要です。

出張の多さ。 特に時差を伴う海外出張が頻繁にある場合、身体への負担は大きくなります。移動時間は、指揮命令下にある場合は労働時間と評価されることがありますが、そうでない場合は労働時間に算入されないことも多く、実態に応じた判断が必要です。

これらは、面接指導の法的な基準(月80時間超・申出あり)には当てはまらないものの、長時間労働と合わさるとリスクを高める要因となり得ます。うちの会社で長時間労働や過重な負荷がかかっている社員はいないかを意識的に把握し、必要な対応を取ること。これが安全配慮義務の基本的な姿勢です。

面接指導の対象者を「待つ」のではなく「把握する」

「申出」を待つだけでは足りない理由

法律上、面接指導は原則として労働者の申出が要件です。しかし、実際に「私は月80時間を超えたので面接指導を希望します」と言ってくる社員はほとんどいません。

理由はいくつかあります。
・80時間超過の事実が本人に伝わっていない、申出方法が分からない
・「申出すると不利になるのでは」という懸念
・「自分は大丈夫」という自己評価バイアス
・面接指導のメリット、内容が見えない
・「周囲に迷惑をかけるのでは」との遠慮

ですから、申出がないから大丈夫、という運用では、実態をきちんと捉えきれず、制度を有効に活用できないことになります。

事業者側からの働きかけ——労働時間通知の義務化

厚生労働省のガイドラインでは、面接指導の申出を促すための環境整備や措置を講じることが事業者に求められています。また、2019年の法改正により、事業者は労働時間の状況を客観的な方法で把握する義務を負うようになりました(法第66条の8の3)。

客観的な把握方法としては、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間記録などが挙げられています。自己申告制も例外的に認められますが、実態との乖離がないかの確認など、きちんとした運用が必要です。

そしてもう一点、重要な法的義務があります。それは、時間外・休日労働が月80時間を超えた労働者に対し、速やかに「あなたの労働時間は〇〇時間です」と通知する義務です(労働安全衛生規則第52条の2第3項)。

つまり、「面接指導の申し出がない」という前に、そもそも「月80時間を超えた事実を通知していない」のであれば、労働安全衛生規則上の義務違反となり得ます。

そのため、実務上は、以下のような流れを組み込むのが現実的です。

・毎月の勤怠データから、時間外・休日労働が月80時間を超えた(または超えそうな)労働者を抽出する。
・該当者に対して、労働時間を通知するとともに、面接指導の申出ができることを個別に伝える。

申出がなくても面接指導を実施する社内ルールを設けるという選択肢もありますが、実施するときは本人の同意やプライバシーへの配慮が前提になります。

50人未満の事業場での面接指導——誰が実施するのか

面接指導の実施者は医師です。産業医がいる事業場では、産業医が担うことが一般的です(50人未満の事業場では産業医の選任義務はありませんが、任意で産業医と契約している場合もあります)。

地域産業保健センター(地さんぽ)の活用

50人未満の事業場で面接指導を実施する場合、現実的な選択肢のひとつは地域産業保健センター(地さんぽ)の活用です。地さんぽでは、長時間労働者に対する医師の面接指導を実施しています。

ただし、回数や内容に一定の制限があることが多いので、面接指導が必要なタイミングですぐに利用できるよう、事前に地さんぽの利用方法と予約手順を確認しておくとよいでしょう。

その他の選択肢

地さんぽ以外では、健康診断を委託している医療機関の医師に面接指導を依頼する方法や、産業保健に詳しい医師にスポットで依頼する方法があります。

いずれの場合も、面接指導を行う医師には、対象者の勤務状況(労働時間、業務内容、作業環境など)の情報を事前に伝える必要がありますので、事前に整理しておくと良いでしょう。

面接指導で何を確認するのか

面接指導の内容は、厚生労働省の指針で主に以下のような事項を確認することとされています。

① 勤務の状況

労働時間、時間外・休日労働の実態、業務の内容と量、深夜業の頻度、出張の有無と頻度、通勤時間など。これらの情報は、事業者側から医師に事前に提供するのが原則です。

② 疲労の蓄積の状況

睡眠の状態(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒がないか)、日中の眠気や疲労感、集中力や判断力の低下、休日に回復できているか。

厚生労働省は「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」を公開しており、面接指導の前に本人に記入してもらうと、効率的に疲労の程度を把握できます。

③ その他の心身の状況

既往歴、現在の治療状況、血圧や体重の変化、飲酒・喫煙の習慣、メンタルヘルスの状態など。直近の健康診断結果と照らし合わせることで、長時間労働が健康に与えている影響をより正確に評価できます。

面接指導は形だけで終わってしまっては意味がありません。大事なのは、面接を通じて、医師が就業上の措置についての具体的な意見を述べ、事業者がそれを踏まえて実際に対応する、という流れを回すことです。

関連: 健康診断との連動については 健康診断の「事後措置」していますか?——見過ごされがちな法的リスクと現実的な対応手順 をご参照ください。

面接指導後の対応——措置の実施と記録

面接指導を行った後の対応は、健康診断の事後措置と同じ流れになります。

医師の意見を聴く

面接指導を行った医師に対し、就業上の措置が必要かどうか、必要な場合はどのような措置か、について意見を求めます。この意見聴取は、面接指導後、遅滞なく行う必要があります。

措置を実施する

医師が「残業の制限が必要」「深夜業を避けるべき」「一定期間の休養が必要」と意見した場合、事業者はこれを踏まえて対応する義務があります。

中小企業の現場では、残業を制限したら納期に間に合わない、人手が足りないから制限できない、といった事情があるのも事実です。ただ、医師の意見を認識しつつも長時間労働を続けざるを得ない状況の中、その社員が倒れた場合、措置が十分でなかったとして、安全配慮義務違反のリスクになり得ます。

ですので、実際的には80時間を超えてから対応するのではなく、定期的に残業時間の把握を行い、必要に応じ、人手を増やす、業務内容を整理する、等の対応を行うことが重要です。

記録を保存する

面接指導の結果は、記録を作成して5年間保存する義務があります(規則第52条の6)。記録には、実施年月日、労働者の氏名、面接指導を行った医師の氏名、労働者の疲労蓄積の状況、医師の意見の内容を含める必要があります。

残業時間を減らすのが難しい場合に、それでもできること

中小企業の多くは、慢性的な人手不足の中で事業を回しています。残業を減らせ、と言われても、すぐには対応できないことも多いでしょう。
ただ、すぐに残業時間を減らせない場合でも、以下のような対応でリスクを下げることはできます。

健康診断の事後措置を徹底する。 長時間労働と基礎疾患(高血圧、糖尿病、脂質異常症など)の組み合わせは、過労死の大きなリスク因子です。長時間労働を減らせない場合でも、基礎疾患の管理をきちんとすることで、リスクが重なる状態を避けることができます。健康診断で異常所見が出た社員には、医師の意見を踏まえた就業上の措置を確実に講じておくことが、長時間労働下でのリスク軽減につながります。

睡眠時間の確保を意識する。 先述の通り、長時間労働の健康リスクの中核には睡眠不足があります。終業から次の始業までの間隔を意識的に確保することはもちろん、深夜業の頻度を抑える、繁忙期の翌週に振替休日を確実に取らせる、など、社員の睡眠時間を守る運用上の工夫が、最も基本的なリスク低減策になります。

面接指導を確実に実施し、記録を残す。 万が一の際に、会社として合理的な対応を行っていたという記録があるかどうかが、法的な責任の評価を大きく左右します。形式的な面接ではなく、医師の意見を踏まえた具体的な措置とその記録を、毎回きちんと残しておくことが重要です。

まとめ:面接指導の実務チェックリスト

項目内容法的根拠
労働時間の客観的把握タイムカード・ICカード等で記録法第66条の8の3
月80時間超労働者への通知速やかに本人へ労働時間を通知規則第52条の2第3項
対象者の抽出月80時間超の労働者を毎月リストアップ
申出の勧奨該当者に個別通知厚労省ガイドライン
面接指導の実施医師による面接(地さんぽ等を活用)法第66条の8
医師の意見聴取就業上の措置の要否を確認法第66条の8第4項
措置の実施残業制限、深夜業制限、休養等法第66条の8第5項
記録の保存面接指導結果を5年間保存規則第52条の6

長時間労働の面接指導は、やらなければならない義務であると同時に、やっておいてよかったと後から思える備えでもあります。月80時間という数字は一つの基準にすぎず、法令上の基準を満たしていれば安全配慮義務として十分、というものではありません。2021年の法改正後は、月65時間超でも他の負荷要因と組み合わせて労災認定される可能性があります。

自社の労働時間の実態をきちんと把握し、リスクの高い社員を見つけ出し、面接指導につなげ、必要な措置を講じて記録を残す。この流れを地道に回すことが、社員の命を守り、会社を守るいちばん確実な方法です。

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