「うちの場合はどうしたら?」を
一緒に整理します
当社は、形式だけで終わらせず、運用できる形にすることを大切にしています。
選任・顧問のご相談も、49人以下向けの「ちょこっと産業医」も、まずは状況を伺うところから。お気軽にお問い合わせください。
休職中の社員やその家族から、労働災害(労災)を申請したいという申し出を受けることがあります。業務が原因で発症した可能性があると主治医から言われた、周囲から勧められたというケースが多いです。
このような連絡を受けた時、経営者として、会社の管理責任が問われるのではないか、保険料が上がるのではないか、他の社員に知れ渡るのではないか等、様々な心配が思い浮かぶかもしれません。
ただ、過度に不安になったり、申請者を敵視したりするようなことは避けたいところです。
このコラムでは、精神障害の労災がどのような基準で判断されるのか、申し出を受けた会社に何ができて何ができないのか、そして産業医がどこで関われるのかを整理します。まず、労災の現状から見ていきます。
厚生労働省は毎年、過労死等の労災補償状況を取りまとめて公表しています。令和7年度分は2026年7月15日に公表されました。
精神障害に関する労災の請求件数は4,958件、支給決定件数は1,082件。いずれも過去最多です。請求件数は前年度から1,178件増えており、増加のペースが上がっています。
原因は長時間労働でしょうか。意外にも、支給決定件数を時間外労働の時間数別に見ると、上位は月20時間未満の57件、次いで月40時間以上60時間未満の55件でした。
つまり残業が非常に多い職場という訳でなくても、精神障害の労災は認定されています。
実は、出来事別に見ると、支給決定の内訳は上司等からのパワーハラスメントが222件で全体の2割ほどを占めます。次いで、カスタマーハラスメントとセクシュアルハラスメントが各127件、仕事内容・仕事量の大きな変化が113件と続きます。業種別では医療・福祉が292件で突出しており、製造業158件、卸売業・小売業116件となっています。
私は精神科の診療と産業医の両方に関わっていますが、うつ状態や不眠で診察に来られる方、休職時に産業医面談となる方の多くは、残業時間の長さよりも職場での人間関係に負担を感じています。上司の言い方、顧客からの叱責、異動後の職場に馴染めない。残業時間等の勤怠データに残らない負荷が発症の引き金になっているケースが目立ちます。
前提として、労災保険の請求は労働者の権利です。会社が請求を拒むことはできません。
労災と認めるかどうかを判断するのは労働基準監督署です。会社にできることは、労基署の調査に協力し、求められた情報を提供することです。
精神障害の労災認定は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)に基づいて判断されます。認定されるには、次の3つの要件をすべて満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ① 認定基準の対象となる精神障害を発病していること | ICD-10に記載される精神障害が対象。うつ病、適応障害、急性ストレス反応など |
| ② 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること | 「業務による心理的負荷評価表」で強度が「強」と判断される必要がある |
| ③ 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと | 私生活や既往が主な原因と判断されると、認められない可能性がある |
要件①について補足します。認知症などの器質性精神障害や、アルコール依存症などは業務との関連が想定しにくいため、原則として労災認定の対象になりません。
心理的負荷の評価には、業務による心理的負荷評価表が用いられます。具体的な出来事の類型ごとに、負荷の強度の目安が示されています。
長時間労働 発病直前の1か月におおむね160時間を超える時間外労働は、特別な出来事として、それだけで「強」と評価されます。発病直前の2か月連続で月おおむね120時間以上、または3か月連続で月おおむね100時間以上の場合も「強」です。
長時間労働に関し混同されやすい点として、時間外労働が月80時間(2か月から6か月平均で月80時間)という基準があります。これは脳・心臓疾患(いわゆる過労死)の認定基準で使われる数字です。こちらも重要な基準ですが、精神障害の基準とは別に定められているため、混同には注意が必要です。
パワーハラスメント 心理的負荷評価表にパワハラが明示されたのは、令和2年6月の改正労働施策総合推進法の施行に合わせた同年5月の改正です。2023年の改正では、パワハラ6類型すべてについて「強」「中」「弱」の具体例が示され、性的指向・性自認に関する精神的攻撃が含まれることも明記されました。
カスタマーハラスメント 2023年改正で、顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けたことが新しい具体的出来事として追加されました。人格を否定するような言動を反復・継続して執拗に受けた場合などが「強」に当たります。
セクシュアルハラスメント 重大な行為だけが対象ではなく、継続的な性的言動や、会社に相談したのに改善されなかった経過なども評価されます。
このほか、退職を強要された、達成が難しいノルマを課された、2週間以上の連続勤務なども、状況によっては「強」と判断されることがあります。
単一の出来事だけで決まるわけではない点も注意が必要です。単独では「中」と評価される出来事でも、複数が重なれば「強」と判断されることがあります。
参考:心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました(厚生労働省)
2023年改正で知っておきたいのは、会社側の対応の適切さが心理的負荷の評価に影響する点です。
パワハラの事案でいえば、相談窓口がなかった、相談したが対処されなかった、相談したことで不利益を受けた。従業員にとってパワハラについて相談すること自体、とても負担のかかることですが、そこでこうした会社側対応の不備があると、心理的負荷を加重する要素として評価されます。逆に言うと、適切に対応し、その記録が残っていれば、評価が緩和される方向に働きます。
ハラスメント防止体制の整備と対応の記録は、労災認定の判断に直接影響します。パワハラと指導の線引きについては「パワハラと厳しい指導の境界線 〜産業医・精神科医が解説する判断基準と会社の対応〜」で扱っています。
① 申請を妨げない 労災申請は労働者の権利です。うちでは労災は起こらない、業務が原因とは認められない。そう考えていたとしても、従業員からの申し出を妨げず、手続きについて案内し協力する姿勢が必要です。
② 事業主証明に対応する 労災請求書には事業主証明の欄があります。これは請求書に記載された内容が事実であることを証明するもので、労災であると会社が認めたという意味ではありません。労働者災害補償保険法施行規則第23条第2項は、証明を求められたときは速やかに証明しなければならないと定めています。同条第1項には、本人が自分で手続きを行うことが難しい場合の助力義務も定められています。
では、記載内容に事実と異なる点があると考える場合はどうすればよいでしょうか。同規則第23条の2により、事業主は保険給付の請求について所轄の労働基準監督署長に意見を申し出ることができます。証明を拒むのではなく、この制度を使うのが筋の通ったやり方です。なお、事業主証明がなくても労働者は請求書を提出できます。
③ 労基署の調査に協力する 請求がなされると、労基署から事業主に調査が入ります。業務内容、労働時間の記録、人間関係の状況、ハラスメントの有無。質問や資料提出の要請には誠実に対応してください。
④ 記録を整理する 調査では客観的な記録が重視されます。勤怠データ、メールの送受信記録、業務日報、面談記録。これらを提出できる形にしておきます。記録がない場合、仮に労働者側の意見に事実と異なる点があるように感じたとしても、反論する材料がないことになります。
⑤ 弁護士に相談する ハラスメントが絡む事案では、早い段階で弁護士に相談することをお勧めします。調査への対応、社内での情報管理、民事の争いになった場合の見通し。法的な判断が要る場面が多くなります。
申請の撤回を求める 取り下げを本人や家族に働きかけるのは避けるべきです。あとで争いになった際、会社が事実を伏せようとしたと受け取られかねません。
申請を理由とする不利益な取扱い 業務上の傷病で療養のため休業している期間とその後30日間は、解雇が制限されます(労働基準法第19条第1項)。労災請求をしたこと自体を理由とする不利益な取扱いを直接禁じる条文はありませんが、そうした措置は解雇権の濫用(労働契約法第16条)などとして無効と判断される可能性があります。
社内で情報を広げる 誰が労災申請をしたという情報を社内で共有すると、プライバシーの侵害に当たる可能性があります。関係者のみに限定してください。
産業医の役割は、労災に当たるかどうかを判定することではありません。認定を判断するのは労基署です。産業医が関われるのは、その前後にあります。
その際に、従業員が働けなくなるリスクを減らすこと。そして、会社が安全配慮義務を果たせていない状態を減らすこと。この2つを両立できるような関わりを心がけています。
安全配慮義務は、会社が従業員の健康状態を予見できたか、そのうえで結果を避ける措置を取れたか、という形で問われます。逆に言うと、把握する仕組みと、把握したあとに動いた記録があれば、義務を果たしていたと説明できます。
産業医面談は、その仕組みの一つです。長時間労働者への面接指導、ストレスチェック後の高ストレス者面談、休職や復職の際の面談。いずれも実施した事実と就業上の意見が書面で残ります。この記録は、労基署の調査でも民事の場面でも、会社が状況を把握して対応していたことを示す材料になります。
記録は、あとから作ることができません。
主治医の意見がきっかけで、労災申請に至るケースもあります。その場合、業務が原因と考えられる、という診断書が提出されるかもしれません。ただ、主治医が把握しているのは診察室での本人の訴えであり、職場で何が起きていたかを直接見ているわけではありません。
産業医は、本人からの聴取と職場での状況、両方の情報を持っています。そのため、診断名(疾病性)と職場で起きていること(事例性)を分けて整理できます。この整理は、会社が事実関係を組み立て直す助けになりますし、本人にとっても、何が負荷になっていたのかを言葉にする機会になります。詳しくは「事例性と疾病性 〜産業医と主治医の見立ての違い〜」をご覧ください。
労災の認定には時間がかかります。半年から1年、事案によってはそれ以上です。その間も、本人の療養と会社の休職・労務管理は続きます。
私が産業医として関わる場面で見られるのは、認定の行方を気にするあまり、復職の準備が後回しになっているケースです。認定されるかどうかと、本人が働ける状態に戻れるかどうかは別の問題です。療養を進め、生活リズムを整え、段階的に負荷を上げていく。このプロセスは、認定の結果を待たずに進められます。
働けない期間が長引くほど、本人の収入も職場での居場所も心もとなくなっていきます。従業員が働けなくなるリスクを減らすという意味で、ここに手をかける価値があります。復職の進め方は復職判定の進め方、治療を続けながら働く場合の枠組みは「治療と仕事の両立支援 〜努力義務化で、会社に求められること〜」で扱っています。
労災保険の保険料は全額を事業主が負担します。精神障害の労災が認定された場合、一定規模以上の事業場ではメリット制により翌年度以降の保険料率が変わる可能性があります。ただし、小規模の事業場ではメリット制の適用対象外となることが多く、保険料への影響は限定的です。
労災認定は、業務が原因で発病したという行政上の判断です。それ自体が損害賠償義務を確定させるものではありません。ただ、実務上は、認定のあとに安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求がなされることがあります。
そこで重要になるのは、会社が健康状態を把握できる仕組みを持っていたか、把握したあとに何をしたか、という点です。認定の有無そのものより、この経過における対応とその記録が判断を左右します。
労災認定の情報が社内に伝わると、他の社員の会社への信頼に影響します。ただ、問題を認める、再発を防ぐ措置を取る、本人へのケアを行う、このような事後の対応により会社への評価は大きく変わります。
申請を受けてから慌てて対応するより、普段からの仕組みづくりが重要です。
労働時間の客観的な記録 タイムカードやICカードで実労働時間を記録し、月80時間を超えた社員から申出があった場合に面接指導を行うことは、労働安全衛生法第66条の8(医師による面接指導)に定められた義務です。さらに、申出がなくても実施する社内ルールを設けておくことは、安全配慮義務を果たすうえで強く推奨されます。運用の詳細は「長時間労働の面接指導 〜「月80時間」だけでは足りない、中小企業が押さえておきたい実務ポイント〜」をご覧ください。
ハラスメント防止体制 方針の明確化、相談窓口の設置、事案が起きたときの対応手順。パワハラについては全企業に義務づけられています。カスタマーハラスメントへの対応は、2025年6月11日公布の改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)により、2026年10月1日から事業主の義務となります。
相談を受けたときの記録作成 つらい、きつい、という訴えがあり面談したとき、内容と対応を書き残しておく。このような記録は、会社を守る材料になりますので、日頃から徹底しましょう。産業医面談の意見書も非常に重要です。メンタル不調が表面化したときの初動は「適応障害の診断書が出たら」で扱っています。
ここまで述べたように、労災の申し出を受けた時点で、会社にできることはそれほど多くありません。事業主証明に応じ、調査に協力し、記録を出す。判断は労基署に委ねられます。
差がつくのは、その前の段階です。健康状態を把握する仕組みがあったか、相談を受けたときにどのように対応したか、その経過が書面で残っているか。ここが整っている会社は、申請があっても慌てずに済みます。
産業保健の体制は、ややもすれば形式的な手続きになりがちです。面談を実施した記録はあっても、そこで何を判断したのかが残っていない。そうした状態では、いざというときに会社を支えることはできません。
社員が働き続けられる状態を保つことと、会社がきちんと説明できる状態を保つこと。この2つを同時に進める仕組みとして、産業医を活用いただければと思います。まずは一度、ご相談ください。
合同会社こころデザイン研究所は、堺市を拠点に、堺市・大阪市・岸和田市・和泉市・高石市をはじめ大阪府下全域で産業医サービスを提供しています。代表は精神科専門医・精神保健指定医の資格を持つ産業医であり、標準的な産業医業務に加え、特にメンタルヘルス対応・休職復職支援を得意としています。
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産業医の選任に関するご相談から、衛生委員会の運営サポート、メンタルヘルス対応・復職判定まで、形式で終わらせない、運用できる産業保健体制の構築をお手伝いします。
また、49人以下の事業場にはちょこっと産業医として、スポット相談やオンライン対応も承っています。まだ50人には届かないが、相談できる産業医を確保しておきたい、という段階からでもお気軽にご連絡ください。
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医師/精神科専門医/精神保健指定医/産業医。2008年より精神科医として臨床・研究経験を重ね、2016年より産業医活動を開始。2022年に合同会社こころデザイン研究所を設立。堺市・大阪市を中心に、産業医サービス、健診後対応、メンタルヘルス支援、休職・復職支援などに取り組んでいます。